「できちゃった」 女が腹をさすりながら微笑むと、正面であぐらをかいて座っていた男がしょうゆを吹き出し、むせ込んだ。 「二ヶ月だって」 呼吸に苦しみながらも、数年がかりで望んでいた吉報に男は嬉しげな笑みを浮かべて涙をこぼす。その大粒の涙は、頬を…

力士が首を吊ろうと足下の段を蹴飛ばすと、荒縄の輪ではなくもっと幅広であたたかな何かに首を締めつけられた。息苦しさはあるがどこか落ち着く。この首の締めつけには覚えがあった。 死の恐怖に閉じていた目を、宙に浮いたままの力士はのろまに開く。 目の…

あいつは天才だった。 手を上げろと言われれば三秒以内にどちらかの手を上げるか、あるいは両方の手を上げた。歩けと言われれば三秒以内に歩いた。叫べと言われれば三秒以内に叫んだ。鼻をヒクつかせろと言われれば三秒以内に鼻をヒクつかせた。目を閉じろと…

「それってガムですよね」 街中で知らない人に声をかけるときのフレーズ。 そのとき、偶然その人がガムを噛んでいるなら「やっぱりそうだ！」と言って、ガムの話から自然な感じで日常会話に持ち込めば、ほら仲良し。 ガムを噛んでいないなら、失礼しますと片…

その絵いいですね。模様がいいです。何の模様かはわからないですけど、とても味のある形と配色だと思います。え、五千円で売ってくださるんですか。いやぁー……、申しわけありませんが買うことはできません。飾る場所がないですし、いや、敷地面積的には問題…

ここだけの話、私はお好み焼きがあまり好きではありません。 え、聞こえませんでしたか。 では、もう一度だけ、もう一度だけ言いますね。 あくまでここだけの話なので、どこにも言い触らすようなことは避けてください。あなたのことを心の芯まで信じているか…

今日見たCMが酷すぎて面白かった。 子供が夜空を眺めて「三日月ってどうやってできるのかな」ってぼやっと喋ると「子供の想像力を甘く見ていませんか」的なテロップが出て、ここまではごく普通の暖かみある風景なんだけど、広告の本編として登場したのが、本…

貧乏な四人構成くらいの家族が一杯のかけそばを分け合って食べるって話があるけど、ふと考えてみれば、店で食べるかけそばって一杯でもそれなりに値段が張る。近所の店を参考にすれば、だいたい三百円〜四百円くらい。 インスタントラーメンにしたら、ちゃん…

今日、壁に思いきり豆腐を投げつけてみたところ、なんと、予想外にも破裂した。 明日は柱に投げつけてみようと思う。

何かの放送にて、親戚から伝えられる「私、あなたの幼い頃におむつ替えたことあるんですよ」という定番の発言は、伝えられた側がどう返していいのかわからないどうしようもない発言だと言っていた。 たしかにその通りだ。 自分も、親戚からその発言を受ける…

天にまします我らがあれよ、天にまします我らがあれよ、願わくば、我らの合計三億七千八百九十九万七千八百四円の望みを無償で叶えてくれたまえ。おい、聞いてんのか、我らが全知全能のあれよ。

私、獣が怖いんです。 だって、牙とか歯とか毒とかもそうですけど、何より、食べるとベジタリアンの両親から怒られるじゃないですか。この間なんかは特に酷くて、お気に入りだったつるつるの花瓶を持っていかれちゃったじゃないですか。だから、あんなに美味…

同日の感想日記にあるような、じわじわと、意識しすぎない程度に違和感が濃くなっていくタイプの文章。生まれる予想はそれほど外れないけど、どこかしら予想の上を行く。実在する精神科の相談コーナーにあるっていう、ノンフィクションな地盤もまた面白い。 …

珍しく小説を読んだ。何気に古本屋のワゴンセールから一冊取り出して、ぱらぱらと読んだら面白かったから購入したっていう経緯。 本は、ハリー・クレッシングって人の「料理人」ってやつ。裏表紙の言葉をそのまま写すと、悪魔的な名コックが巻き起こす奇想天…