手
水の中から手が出てくるので、それを捕まえて栽培する仕事をしています。
水はどこの水でもいいです。
水であれば、いずれその手は出てくるのです。
手の色は黒色で、それを引っ張ると肘のあたりで途切れます。
途切れたそこをぬるま湯につけます。
ぬるま湯が冷めないように、装置で温めます。
装置の値段は17万円です。
レンタルではなく、買い取りです。
手は3日ぐらいで黒色の皮が剥がれて、内側の黄色が現れます。
つやがあるので、金っぽい感じもあります。
でも金の色じゃないです。
惜しい色です。
さわるとポリエチレンみたいです。
空気が半分しか入っていない浮き輪のようでもあります。
黄色くなった手にはビニールシートをかけるのです。
ぬるま湯装置についてきたマニュアル本には、黄色くなったら「即座に」と書かれています。
でも、実際にそうするとあまりいい色合いが手に出なくなります。
匂いもえづきます。
だから私は、一晩おいてからビニールシートをかけます。
ドマールの1098番で虹色です。
こだわりです。
マーブルな模様が光の通し具合を変えて、よい色ムラを作り出すのです。
あと、ドマールは単価が安いのです。
蒲焼きの匂いがします。
約2週間待ちます。
ビニールシートから蒲焼きの匂いがしなくなれば、頃合でしょう。
剥がしとって、久しぶりの手にご対面です。
茶ばんで筋張って、まるで桃の木のようです。
けど触るとブニブニします。
捕まえたときは指の開き方に個性がありましたけど、この今は全力のパーです。
パー、わかりますか?
指が開いているということです。
グーより強いと考えている人もいます。
ここまで来れば、あとは声をかけ続けるだけです。
だいたい、外に干したビニールシートに蒲焼きの匂いが戻ってくるまでです。
夏場は4日が目処です。
声をかけるのが面倒でしたら、別にサボっててもいいです。
この世のマニュアルは嘘だらけなのです。
ただ、私は声をかけます。
それが愛です。
手を捕まえた者としての責任なのです。
話す内容は、ふんふん、へえ、そうなんだあ、うーん、あー、とかが多いです。
日が経つと、指の先っぽや節々が緑色に破裂します。
たまに赤色や白色にも破裂します。
破裂はずっと続きます。
ほどよいところでぬるま湯から持ち上げて、破裂を止めてあげることが大事です。
破裂は指先から始まるのです。
破裂が手首にまでいくと、業者の評価が下がってしまうのです。
自己評価とお金との釣り合いを考えることが大事です。
ぬるま湯から出した手は、鉢に入れて日光にさらします。
土を入れて、堅くなるのを待ちます。
園芸用の土です。
次に、余分な緑色を切り落とします。
緑色以外は、貴重なのでなるべく切り落とさないようにバランスを考えて残します。
これの単純数でも、業務的な評価が大きく変わります。
藤色は高いです。
これを梱包して、契約している業者の元に宅急便で送ります。
鉢から土と手がこぼれないように固定します。
梱包剤の種類に指定はありませんが、ドマールだけは使わないようにします。
蒲焼きの匂いはうっすらで十分です。
単価は、だいたい3万円程度になります。
同時進行ができるので、旬に夏場はそれなりの収入になります。
手は観賞用として売られます。
今日、テレビの中で、それは素晴らしいものとして紹介されていました。
誉められていました。
それは、私が育てた手じゃありません。
けれど関係なく、私はとっても誇らしげな気持ちになりました。
目がぎらつくのです。
私は、今日も水辺にいます。
手は、僕のことを嫌っているようです。
さっき手の甲を向けられ、2度3度と振られてしまいました。
私は、手のことが好きです。
だから育てるのです。
育てて、そんな水場にいるよりもずっと多くの愛を感じてもらいたいのです。
お金も大切ですが、お金よりも多少は手を愛しています。
だから私は、今日も手を捕まえるのです。
お金。
お金。
お金。
口ではそう言っていますが、私は手を育てることに生きがいを感じています。