塩の差

「できちゃった」
 女が腹をさすりながら微笑むと、正面であぐらをかいて座っていた男がしょうゆを吹き出し、むせ込んだ。
「二ヶ月だって」
 呼吸に苦しみながらも、数年がかりで望んでいた吉報に男は嬉しげな笑みを浮かべて涙をこぼす。その大粒の涙は、頬をつたって口の端から入り込み、男に塩味の予感を与えた、が、しかし、実際にはそのような味は感じられず、むしろ脳に伝わったのは甘味にも似た味の感覚だった。
 男の舌が無意識に動く。男のふとした疑問の仕草を察し、女が説いた。
「悲しみと幸せじゃ、涙の味は違うものなのよ」
 男は納得して笑う。女も笑う。
 気紛れなく純粋な幸せを感じる涙濡れの二人。彼らが開けた大口は、広く、深く、黒一色。