見かけた一組について

 住宅街。おじさんが犬を連れて歩いてた。
 犬は繋がれたヒモをちぎるくらい熱心に引っ張ってて、片手に火の点いたタバコを持ったおじさんはあくまでもゆっくりと歩こうとしてた。だけど、育ちきった中型犬の力というのはなかなかに強く、どちらかといえば小柄なおじさんの手足はバランスを崩しっぱなしだった。
 漫画やドラマだとありがちな光景。けど、そういった状況とは少し勝手が違うように見えた。
 ヒモ。
 犬と飼い主とを繋ぐ種族の垣根。
 よく見かける形のヒモで、よく見かける色をしてる。犬の首でなく体にパラセイリングのように装着する形で、持ち手は見えないが、それ以外の部分はすべて濃い青色。
 何年か前にテレビでやってたんだけど、こういう形のヒモの場合、おじさんが犬に対してちょっと角度をつけてやるだけで、犬の上半身が持ち上がるとかで動きを制御することができるらしい。そんな高機能な手綱なのに、犬は、まったく構うことなくおじさんを奔放に引っ張っては、タバコに口を近付けさせないでいる。
 どうしてだろう。
 おじさんが小柄だとは書いたが、それは平均よりもわずかという程度であり、四本足で歩く犬よりは何倍も背がある。手綱を扱う素質はあるはずなのだ。
 単純に、おじさんのヒモを手綱として扱う技術が足りていないのか、そもそも利点を知っていないのか、いや、もしかすると、おじさんの優しさの表れなのかもしれない。
「勝手にお前、つまり犬の動きを制御するのに便利なこのヒモを女房が買ってきたけど、俺はお前とは対等の立場で付き合いたいんだ」
 みたいな。
 ただ、おじさんの表情は鬼のようであり、さっきから舌打ち連打がうるさく、また、ヒモで繋いだ時点で対等じゃない。