偽りの湖畔

 左腕を前方に突き出して、右腕は後方に思いきり引いて、その握りを解き放って、左腕は握りの形のまま架空の武器に従って下りていく。目線はずっと先、犬の散歩をしている夫人。
 息を吐く。大げさに「ふぅ」と音を出すように頬まで膨らませて。
 何も起こらない。
 何も起こらないのが当たり前だが、ただ男は苛立たしげに木製ボートに腰を落ち着かせる。腰から浮いた金具付きのベルトが木材に当たって、尖りのある音が鳴った。
 遠くの夫人がはっとする。
 夫人は倒れ込む。前兆のない彼女の動きに、犬は何事だろうとすり寄った。
 男は眉を寄せて呆れ顔を作っている。
 そして、足元にある窪みから実物を取り出すと、夫人に向けてつがえた。砂利の上の彼女は目玉の色を恐怖に染めると、犬をはね退けて起き上がった。両手のひらを合わせて懇願の声をあげた。
 男は平然と左腕を前方に突き出した。右腕を後方に思いきり引いた。
 殺意が続いていることを確認した夫人は「キャア」と、不釣合いな悲鳴を放った。立ち上がり、男から逃げようと駆け出した。
 しかし、二秒後には壁があった。壁のほかには、地面を覆う人口の砂利以外は何もなかった。
 次の瞬間、夫人はうめいて倒れた。血だまりが広がる。
 夫人に追いついた犬は、表情に確かな混乱を浮かべながらも悲しげな声で鳴いた。
 男は小さく笑う。
「お前は演技がうまいなあ」
 弓をボートの窪みに片付けて、かわりに取り出したビーフジャーキーを岸へと放り投げた。ビーフジャーキーは夫人の足元に落ちる。
 犬は、夫人の体にすり寄ったまま動かない。

20090228

大阪ではちょい栄えたところとして「千里」って地名を挙げられることがある。自分はそれほど近くに住んではいないし、繁華街のパッと見がごちゃついていて、下調べなしには遊びにくそうなイメージがあるので通り過ぎる程度にしか触れたことはなかった。
具体的なものは何も知らない。けど、きっと近代的な町なんだろうなと思ってた。
国道を移動していて、大手そうなデパートを何軒か見かけた記憶があるし、高層ビルもそれなりに立ち並んでいる。ラジオの公開録音地としてこの名前を挙げられることもあるので、それなりに設備のしっかりしたステージなどもきっとあるんだろう。若者向けのラジオの告知で集められるような場所なのだから、アミューズメントな場所も存分にあるに違いない。
だが。
設備は想像どおりなのかもしれない。客層だって想像どおりなのかもしれない。
だがしかし、新聞に書いてあったニュース記事によると、その千里の高齢者率というのが三割をマークしているらしい。
十人に三人がご老人。なんか、イメージがずれた。
繁華街としての顔と住宅街としての顔はまったく違うものだから、イメージが変わるというのはまったく愚かな脳みそかもしれない。ただ、なんか、イメージがちょいとずれた。
例えるなら、日本の真裏が実はブラジル領土じゃなくてただの海という、そういうどうでもいい部分でのイメージのずれだが、なんかショックを受けた。
この気持ち、わかるだろうか?
文字でまとめられるだけの内容を掴み取れないのが情けないが、なんか「ええっ」て思った。一言でいえばそれだけの話。

20090224

栄養補助食品「ソイジョイ」の形を見てると、長方形だなあ、って思う。きっと巨大なシート状のものを切り分けているんだろう。直角の部分が多くみられる。
元となるシートってどんな形なんだろう。絨毯のように広がっているのか、それとも完成像では細身な横幅がひたすら太っているのか。どっちにしろ、きっと壮観だ。一度でいいから間近で見てみたい。
間近で見て、思うことはあるだろうか。
具体的にどうこうとは、一切思わないかもしれない。ただ「うわあ」一声だけかもしれない。
しかし、日常では建物くらいでしか触れられないような、とんでもなく巨大で、栄養価の高い食品のシートだ。
ちょっとくらいは「シートを本来の完成像からさらに小さな正方形に切り分けて、空から投下すればアフリカの子供たちは助かるのかもしれない」みたいな偽善ぶったことを考えるのかもしれない。そして「地面に到着するほんの一秒前に、中に仕込んだジェット噴射でどこかへ飛んで行ってしまえば彼らはどういう顔をするんだろう」と薄ら不謹慎なことを考えたのちに「まあ、アフリカの富裕層でもソイジョイって商品を知っているか怪しいし、ただ不思議な光景を見たって表情になるのかもしれない」「そもそも、空からソイジョイを投下するのは危なくないか」「費用は誰持ちになるんだ」とそこそこの現実観念を取り戻して、結局は「ああすごかった」で感想は締めくくられるのかもしれない。
結局はその程度なのかもしれない。ソイジョイの製造工程が、というより自分という人間が。


どうでもいいけど、そのシート切り分けの風景って絵日記にするとすごく地味そう。