擬似チョコバナナについて

 セブンイレブンで、チョコバナナロールという菓子パンを買った。
 これは、バナナの名前らしく曲がったパンに、縦半分のみチョコがかかった変則的な商品だ。非常に、食べはじめの向きを悩まされる。
 まず最初に、チョコのある側から食べ始めたとしよう。
 すると、汚れのない舌は、表面でフラットに固まったチョコに、パンの中に入っているであろうバナナクリームが合わさった擬似チョコバナナの味覚を得ることとなる。それはもう楽しいことだろう。世界で一番楽しいことだろう。だが、チョコの部分を終えてしまうとどうだ。チョコバナナはともかくとしてバナナ自体をそれほど愛していない自分としては、急角度のデクレシェンドを受けてしまう。
 なら逆向きから食べようか。自然と考えはそう向かう。
 こうすれば、デクレシェンドはクレシェンドへと入れ替わる。単体で食べるバナナクリームは嫌いではない。ただチョコバナナに対して落差が激しいだけだ。
 がしかし、疑問がひとつ。
 この商品には、本当にバナナクリームが入っているのか。
 商品名やコンセプトからすると、パンの中にバナナクリームが入っているのは当然とは思う。これまでの人生でもそう考えてきた。けど、この世の中だ。バナナという主張が、このパンの形の時点で終わっている可能性も安易に捨てきれない。
 ああ。
 心が砕けていく。
 袋越しにつついたパンの触り心地は、やけにふわふわしている。何も味付けしない食パンやコッペパンの白く柔らかな部分を苦手とする自分にとって、これは天敵の可能性がある。
 チョコの側から食べれば、舌に張りついたチョコで逃げ切れるかもしれない。しかし、そうやって食べ始めて、パンの中にバナナクリームが存在していた場合はどうなる。誰も注目しないだろうに、いちいち弱めの黄色に染められたバナナクリームだ。
 どうなるっていうんだ?
 一体、僕はどうなるっていうんだ……?
 ……。
 ……、くそ。迷うばかりで何も行動を起こせない自分が情けない。
 僕は無力だ。


 ……、一旦、チョコバナナパンのことは忘れよう。
 敗北含みの決意をして、僕はテーブルの上に転がしていた別のパンへと手を伸ばした。静かさが僕を非難しているような気がした。
 掴んだパンから視線をそらす。
 その時、同じテーブルを囲んでいた女性の動きが偶然目に入った。彼女が手にしていたそれは僕が買わないような種類のパンで、まったく興味もなかったのだが、僕が見たその瞬間は、偶然にも、ああ、なんということだろう、彼女がパンをちぎり、口元へと運んでいる瞬間だった。
 僕は、その光景に、まるで全世界を統べるほどの天恵を受けたような気持ちになった。
 意識の外で、ぶるりと体が震えた。
 気がつくと、僕の伸ばした手は座標を巻き戻して、握力を強め、チョコバナナパンの袋を音と音とともに開封していた。


 そして僕は――