知らないことについて
一週間ほど前になるか、家の玄関の脇に醤油のボトルが置かれていた。ボトルには、包装というには簡素すぎるくらいの、ちょっとだけ模様のある紙が巻かれていた。
誰が置いたのかはわからない。
僕は実家暮らしで、家は僕より二十年以上も先に生まれ、ずっと同じ場所にある。もしかすると、近所の人がお中元のつもりで置いていったのか。
しかし、あれから何日経っただろう。家族もそれなりに交流をもちながら生きているというのに、誰が置いていったのかは不明のまま。
未開封のまま。
誰か、というのが確認できていないからということもあるが、最初に触れた、家の玄関の脇に置かれていたという状況。これが特に怪しげに思う。
家の玄関は、道路に直接面しているわけではない。敷地にはほんの1mほどの余白があり、家屋に触れるには鉄製の門を開けて、その石や草にまみれた余白を通らなくてはならない。
醤油があったのは玄関の脇。
これは、勝手に敷地内に入り込んで置いたという事実の証拠だ。
たかが1Lの醤油、しょせんは1mの余白、投げ込んでしまえば十分届く距離だが、そうとは考えづらい。当時、醤油のボトルは直立していたのだ。この町に他人の敷地内に無断で入っても罪にならないという決まりはない。少なくとも僕が意識をもったときには既になく、知り合いであってもそれは例外でない。……、いや、そんなことを探る以前に、真夏の気温の中に食べものを放置しておくという神経が異常か。
異常。
そんな感想が主として浮かぶ醤油は、まだ家に置かれている。
異常は異常を連鎖するというし、個人的にはさっさと捨ててしまいたいのだけど、ゴミの管理をしている親は、何もわからないまま捨てるのは失礼だと言って、醤油を玄関の中へと入れてしまっている。
捨てない理由もまた異常だ。何もわからないようにしているのは醤油の側なのに、書き記しも何も入れていないのは相手の側なのに。
もしかして、連鎖はもう始まっているのか。
安っぽいボトルの奥。液体の黒さが、さらに黒いものを覆い隠しているように見える。