宇宙の人

 枯れた声のおじさんが、公園で一人何かを叫んでいる。
 遠目からその様子を見ていた僕は、その姿があまりにも喜びたっぷりだったので、どうしたのかと近付いて尋ねてみた。すると、おじさんは「遂に地球に着いたんだ」と目をキラキラさせて答えてくれた。僕は、ふざけんなと罵倒して、手に持っていた月刊ムーをおじさんの顔面に叩きつけた。
 そりゃあこの世のどこかに宇宙人はいるだろう、UFOだって飛んでいるだろう、UMAだっているだろうし、月刊ムーの名前の元となったムー大陸だって、実は沈んでもいないのに某国家の陰謀で沈んでいることにされているのかもしれない。
 しかし、それら夢のある出来事は、このおじさんとは何の繋がりももっていない。
 足元で無様に転んでいるこいつは、銀色の宇宙服のようなものを着てはいるが、その素材がどう見たって完全に布である。透明なヘルメットは卵のダースパックであり、凹凸が多すぎていかにも視界が悪そうだ。さっき雑誌で叩いたら、大した威力もないはずなのにベキョメキャと物凄い音がして潰れた。物理学に詳しくない自分でも分かる。こんな、主婦が寄り合わせの材料で作ったような装備品が、かの偉大なる宇宙空間に耐えられるわけがない。マジふざけんな。
 僕は、再び雑誌を持ち上げると、おじさんの頭を思いきり叩いた。でこぼこのヘルメットが脱げて砂場に突っ込んだ。
 宇宙人をナメてんじゃあないぞ。この偽クソ野郎が。
 汚らしい口撃と共に、最後にもう一度殴りつけてやろうと、僕は倒れ込んだおじさんの胸倉を掴みあげて頭の高さを同じにする。ん…、あれ。見覚えのある顔だ。この顔は、どこかで見覚えがある。聞き覚えのない声だったから、知り合いではなさそうだけど。
 不健康そうな顔色に、頭髪はなく、黒一色の大きな目、粘土に切れ目を入れたような唇のない口…、はっ!
 僕は、手を離して遠ざかっていた。そして姿勢を正す。
 この頭部もまたおじさんの仮装かと思ったが、その他のクオリティからすればそうと思えない。つまり、まさか、この頭部は本物なのではないか。彼は、本当に宇宙人だったのだ。
「リトルグレイ様…!」
 思わず、喉の筋力をフルにして呟いていた。
 まさかこんな小さな地元の公園に、月刊ムーに留まらずゴールデン枠のテレビ番組での出演経験も数知れない超有名タレント様が来てくださるとは。
 僕は、手に持っていた月刊ムーと胸元に挿していたボールペンを差し出すと、リトルグレイ様にサインを求めた。リトルグレイ様は、こめかみの辺りを苦しげに押さえながらも気前よくサインしてくださり、さらにファンサービスとして、布のような質感で銀色のUFOを頭上に呼んでくださり、招待してくださり、キャトルミューティレーションまでしてくださった。
 キャトルミューティレーション中の会話によれば、このリトルグレイ様は、どことなく中年の雰囲気がする割に社会人としては新人で、およそ六年の旅を経て、ようやく初の営業先にたどり着いたらしい。営業先とは、つまりこの地球のことである。
 別れる前に、メディア関係の知り合いがいたら是非渡してください、と電話番号入りの名刺を渡されたけど、僕はこれを誰にも渡さないつもりだ。このリトルグレイ様が書籍やテレビに登場した本人でなかったのは残念だけど、もしかすると彼も有名なリトルグレイ様になるかもしれない。そう信じて、名刺も、サイン入りの雑誌も、内臓の替わりに体内に詰め込まれた銀色の布も、大切に持っておく。
 不規則な動きで飛んでいくUFOを見つめながら、僕はにやにやして手を振った。