夕焼けの下で

 ドラム缶が降ってきた。
 ドラム缶は、僕がいるらせん階段のすぐ横を通って、アパートの入口を塞ぐように着地した。
 着地のすぐ後に、叫び声が聞こえた。入口のちょっと手前にいる住人が、ドラム缶が邪魔でアパートに入ることができないと嘆いている。アイスを買ってきたので、早く入れないと困るのだと言っている。そのアイスも、特売セールだったからついつい大量に買ってしまったのだと。
 僕は、その住人を鼻で笑った。
「ついつい」だと。そんなうっかりミスでドラム缶に入口を塞がれる可能性を無視してしまうとは、彼の危険に対する認知度はなんと低いのか。考えてみればわかるだろう。アパートの入口とは、落下してきたドラム缶に塞がれるものなのだ。入口とは、その誘導効果を期待して設置させている。通行ルートとしての利用は、その付加価値でしかない。
 彼は愚かだ。嘆いているのは、自分のせいでもあるのに。危険度だって自分で上げていた。
 上からビニール袋を覗くと、アイスの詰め合わせを5パックも買ってしまっているのが確認できた。3パック以上のアイスは、その場にドラム缶を誘導する。その誘導能力は、一般的な入口と同程度の力をもつ。5パックもあれば、こんな安アパートの入口など無視して彼の頭上にドラム缶が落ちるほうが自然だというのに、ここの入口は彼を守った。優秀なアパートの入口だ。でも愚かな彼は気付いていないんだろうな。
 ただアイスが溶けていくことに悲しんで、入口に対して暴言を吐いていればいいさ。ドラム缶を誘導する入口のエネルギーは、人々の感謝の気持ちによって生まれる。次は、守ってくれないぞ。
 空では、もう次のドラム缶が見えている。