色水

 水を買いました。
 その水は、底から緑色が湧き上がっているような綺麗な色の水で、円柱の透明ガラスに入れられていました。
 水は、いくら振ってもガラスからこぼれることがありません。円柱の上側に、黒色のゴムキャップがはめられているからです。いくら振っても、水と空気がせまい容器の中で入れかわり立ちかわり動いて、タプタプとかすかな音を鳴らすだけです。
 しかし、本当にそれは「いくら振っても」こぼれることはないのでしょうか。
 僕はアルバイトを2人雇い、半日ごとに交代させながらしばらく水を振らせてみました。
 結果はやはりと言ったところでしょうか。8日ほど経ったときのこと、ゴムキャップの端から緑色のエキスが漏れ始めたのです。担当作業中であった斎藤氏の右手は、明らかに汗以外の色に濡れていました。
 じっと状況を見守っていた僕は、すぐさま斎藤氏の元に駆け寄りました。斎藤氏は、疲れに疲れた様子で僕に容器を渡すと、そのまま横たわり、帰らぬ人となってしまいました。アルバイトで得た習慣からか、斎藤氏の右手は心停止してからもしばらく揺れていました。
 翌日、僕は容器が水漏れを起こした瞬間の映像をカッコ良く編集したものと、それなりにカッコ良かった斎藤氏の遺影をもって水を買った店へと向かいました。
 どこが、いくら振ってもこぼれないというのか。店の奥へと案内され、問題の水漏れ映像を流しているテレビの淵を斎藤氏の遺影でがしがしと叩きながら、僕は大声で店員を責め立てました。
 店員は、すいませんと謝ってから、それにしてもこの映像がカッコ良いですねと誉めてきました。僕は、そんな話をしているんじゃないと店員を怒鳴ると、そちらの色水とガラスの形状の良さがあったからですよ、と一旦腰を下げてから、いいから店長を呼べと大声で怒鳴り、斎藤氏の遺影を膝でがつんと割りました。
 しかし店長は…。
 そう言う店員は、床の上にある斎藤氏の上半顔をしばらく見つめると、くっと息を吐いて顔を下げました。
 そういえば、斎藤氏は夜担当だったっけ。昼間は本業があって、その帰りに水を振りに来ているのだと言っていた記憶がある。斎藤氏はそれなりに年齢もいっていたし、もしかするとこの店の店長だったのかもしれない。無理をしてでも、水が漏れないことを自ら実証したかったのかも。
 僕は店員にこの度はご愁傷さまです、と伝えると、斎藤氏の上下を拾って手渡しました。店員は、受け取った遺影の上下を合わせようとしながら、割る前はカッコ良かったのになと呟きました。
 そんな話をしているんじゃない…、けど、もういいや。理由は何であれ、悲しんでいる相手を怒鳴るのは気分が悪いし、商品から色水が漏れることを伝えることさえできれば他に目的はないので(できれば店長に直接伝えたかったけど)、僕は店を出ていくことにしました。
 帰りに、風鈴をひとつ買って振りました。ちりんちりんと音漏れが激しいですが、これは仕様なので別にいいです。綺麗。