うつつ

 眠いのか、それほど眠くないのか、まったく眠くないのか。
 正確にどの言葉が当てはまるのかはわからない。ただ、頭がぼんやりしていて、まぶたが勝手に下りてくる。
 指先に画鋲を突き刺すとその感覚は一時的に消えるのだけど、またすぐに同じようなぼんやりした感覚が戻ってくる。よほど眠たいのか、でもまだ昼前だし眠りたいとかそういう時間でもないと思うし、でも眠いような感覚があるし。
 どちらにせよ、今は授業中でそんな気分に陥ってる場合じゃないので、この感覚はとても邪魔。指先の画鋲がずぶりずぶりと増えていく。ちょっとシャープペンシルを持ちにくくなった気がする。不便だし、とても痛い。けど、絶対に眠っちゃ駄目だ。
 カタン
 右隣の足元から金物のひらく音が聞こえて、その上にあった西沢くんの席が丸ごと落ちていった。直前の状況を見ていたわけではないので彼が落とされた理由はわからないが、とにかく何か粗相をしたのだろう。
 もし眠ってしまえば、私もここから落ちていくことになる。それ以前に、あくびをすれば落とされる。指先に画鋲を刺しているのも、遊んでいるとみなされれば落とされる。
 落とされた先に具体的に何があるのかは不明。知っているのは、落ちた人が帰ってこれないということだけ。とにかく、落下は避けるべきだろう。怖いし。
 私は、黒板の端で座っている判定員から指先を見られないように、机の前方に教科書を立てた。その奥でこそこそと黒板の字を書き写しながら、頭が呆ければ指先の画鋲を増やしていく。いや、指先は刺すところがなくなったので手の甲か。今昔どちらも人体の急所なので、とても痛い。
 もやのかかった頭で考える。普段、いくら眠くても画鋲が2個もあれば十分だというのに、今日はなかなか立ち直れない。不必要な想像ばかりを意識してしまって、黒板の内容が全然頭に入ってこない。まぶたを全開にできない。
 …あ。やばい、右側にいる判定員と目が合った。近づいてくる、近づいてくる。
 私の隣までやってきた判定員は、真横から私の様子をじっと凝視している。立ちの姿勢から見下ろしているので画鋲だらけの両手も見えているはずだが、これに関しては何も言ってこない。ということは、画鋲まみれの手については遊んでいるわけではないと判断されたようだ。よかった。
 ただ、疑われていることには変わりはないので、判定員の存在にあまり気を取られないように、私は半開きなりにできるだけ真剣な目をして黒板の文字を書き写していく。理解なんかできなくてもいいから、そう見えるように努めた。
 けれど判定員の目は依然鋭く、そして遂に、私に向かってぐっと手を伸ばしてきた。私は落下スイッチを押されるかと思って身を固めたが、しかし、判定員が押す落下スイッチはリモコン式であり、それは彼の手元やポケットの中にあるはず。じゃあこの手は? 疑問の直後、判定員の手は私の額へと当てられた。
「…、やっぱり熱があるね。早退しなさい」
 そうか。私が呆けていたのは、眠かったからじゃなくて風邪をひいていたからなのか。しかも即座に早退を言い渡されるとは、よほどの熱だったに違いない。
 私は緊張に上ずった声で了解の言葉を出すと、静かに荷物を片付けて教室を出ていった。そして立ち寄った保健室で薬の処方を待ちながら、ふと思う。あの人、優しいなって。