ファンタジー

 多幸感にさいなまれている。
 ああ、もう本当になんでこんなに幸せなんだろう。何か歴史的なことを成功させたわけじゃないのに、体調も万年最悪なのに、今なんて刃物を持った不良たちに囲まれてるのに、なんでこんなに幸せなんだろう。
 学校に行っていたころだって、成績は下の下という表現すら回りくどい最下位で、運動も鉄棒の前回りすらできないし、そもそも前転すらできないし、しゃがんだだけでヒザが痛くなったりするし、ドッジボールだと最後のほうまで残るけど逆転の価値に繋がらないような駄目駄目さ。
 学校卒業後も将来有望な職に就いているわけではないし、その職からもいつ振り落とされるか不透明な状況で、お金を拾ったこともなくて、ほんの数分間の人待ちで不良に絡まれてしまったりする。
 でも幸せだ。最高に幸せだ。
「ぐっ!」
「うぎゃああぁあ!!」
 なんで幸せなのか。正直言うと、こんなに悩まなくたってわかってる。背中の全体と、前面を袈裟懸けに渡るあたたかな温度。
「ほ、骨がああっぁあぁぁああ!!」
「げえああああぁ!」
「おごぼおぼべん」
 不良たちが次々と地面に落ちていく。その手前には常にあたたかな姿があり、片手で僕を抱えながら力強く動きまわる。
 現状を見れば、両親や親友というような近しい人であっても「男のくせに」と馬鹿にして笑うかもしれない。けれど、僕はこれが幸せなんだ。自分の倍程度の身長がある恋人に守られながらも、彼女に寄り添って一緒にいられることが。
「好きだよ」
「グルァアアアアァウ!!」
 頬を赤らめてぽつりと呟いたけど、彼女は自分の2分の1ほどの不良を殲滅することに夢中みたいだ。でも、そんなところも可愛いなと思う。幸せ。