想起

 今そこの床を這っていたのはナメクジであり、叔父ではない。そう信じたくて、僕はまったく同じ言葉を頭の中で何度もループさせる。
 叔父ではない。叔父ではない。叔父ではない。叔父ではない。
 叔父は苦手だ。いや、そんなレベルではない。怖い。恐ろしい。叔父は半年前、この家にふらりとやってきて僕の母と2人の兄弟を殺害した。毎月せびっていた金銭が一向に支払われなかったから、たったそれだけの理由で、僕の家族を殺してしまったのだ。
 なんとかその場から脱出することができた僕も、全身を幾度となく殴られた後遺症か、現在でもたまにピリピリした皮膚感覚をおぼえることがある。あの光景を夢に見ることなんてしょっちゅうだ。
 父は運良く仕事で居合わせておらず、僕は運良く逃げ出すことができた。しかしあの時、状況がわずかでも違えば家族全員が殺されていてもおかしくはなかった。それだけ叔父のパワーは絶大だった。
「大丈夫、大丈夫だ…」
 顔色を青くして震えていた僕に、隣にいた父は慰めの言葉をかけた。
 …そうだ、叔父は今ごろ牢獄にいるんだ。それに、冷静に考えてみればナメクジと見間違うような人間なんて存在するものか。事件があまりに衝撃的で、僕の記憶は壊れてしまっているに違いない。そうだ、そうに決まっている。だからさっき見かけたナメクジはただのナメクジで、絶対にナメクジ以外では絶対にありえないんだ。
 しかし叔父の実兄である父の姿は、ナメクジそのものである。考えると安心が遠のくので、意識上、父のことは真人間として扱うことにした。