突如は、突如として

 僕が街中にいて、そして意味もなく裸になったのは冬のいつ頃だっただろう。
 当時、僕は架空のイソジンを扱う会社を経営していて、特別何か苦労することなく一生遊んで暮らせるだけの稼ぎを得ていた。仕事を通じて出会った、可憐で、人間としての芯をしっかりもった女性との交際も順調だった。
 幸せだった。
 ほんの三ヶ月前の話だ。
 不必要にも服を脱ぎ捨てたことで失ってしまった、全財産だ。
「どうして脱いだのか?」
 せまい部屋の中、刑事に尋ねられた言葉が心の奥深くに突き刺さっている。
「わからない」
 思い出に誘導されて、僕はつぶやく。
 デスクに積もったほこりが、吐息でかすかに揺れた。つい先日までは、ほこりにパソコンの形が残っていた気がする。よく見れば今も変わらないのかもしれないが、光が足りない。
「どうして脱いだのか?」
 本当に、僕はどうして脱いでしまったんだろう。
 事件を起こして以降、それまで僕のことを「新時代の荒武者」と称えていたマスメディアは、いっせいに僕のことを攻撃した。
 まずは人格否定。その次は仕事への大げさな、細かな事実を広げに広げた批判。詐欺だとも罵られた。
 瞬く間に仕事が失われていった。
 実体のない架空のイソジンが宙に浮いていた。
 物を送るわけでもない、データ上の物としても存在が無い、でも確かに売られていた架空のイソジン。インターネットを使って、本当に売っているかのように見せかけて売っていた、架空のイソジン。そんなイソジンだったから、市価の十分の一の値段で売りに出せた。
 それらしいウェブサイトを業者に作らせた後は、画面越しに「もう少々お待ちください」と打ち込んでみるだけで、人生が変わるほどの儲けが得られた。
「どうして脱いだのか?」
 わからない。
 上昇するだけの業績に気が大きくなっていたのか、街中で脱ぐことが正義とでも勘違いしていたのか。何か、プラスの価値を信じていたのか。推測もできない。
「最低」
 死体のように青白く固まった表情で僕を責め、恋人は去っていった。ボランティア気取りの、熱心な顧客に戻ることはあるだろうか。


「どうして脱いだのか?」


 ああ。
 一人目の刑事の言葉が繰り返される。