とある余白

 横向きに首を振った。維持になって横向きに首を振った。
 馬鹿じゃないのかという目で見られた。
 でも、そうすることが自分にとっての救いになるんだと思い込んで、僕はとにかく、右に左にがむしゃらに首を振った。
 結果、僕は生きている。
 両手両足を鉄の台に縛り付けられて、正面の六方向には銃を構えた悪人がいて、銃口からは煙が立ち昇っている。攻撃的な破裂音とはほど遠い、カチカチと情けない音が六方向から一回ずつ鳴ったのを耳にした。
 僕は生き延びた。
 今、ようやく首の振りを止めると、火薬の匂いがゆっくりと鼻にまとわりついてきた。危機は終わったのだ。
「ふふ」
 達成感と幸福感が心の内から浮かび上がって、自然に頬が持ち上がった。
 神様や運命といった不確定なものに命を請うようにして、僕は懸命に首を振った。呆れるような目で見られるも、否定はできなかった。僕もこうして銃弾を避けられるだなんて思っていなかった。すがりながらも死を予感していた。
 正面の六人はそれぞれ銃を下ろして、慌てながら視線を投げ合っている。目玉は怯えて揺れていた。
 なんとまあ気持ちのいい、優越感を満たす挙動だろう。
 そりゃそうだ。こんな「奇跡」と言わずにいられないような事態、現実に起こりうるものか。しかし、それは現実に起こった。超常現象が僕を中心に起こったのだ。
「ふふ」
 僕は興奮している。人生で初めての規模の興奮だ。
 顔面の歪みはさらに上向きに、眼球ギラギラ、喉奥開き、興奮をより具体的に表に出そうと肺は躍動する。笑い声を吐き出さないと、僕の体は感情で破裂してしまいそうだった。
「は」の音を吐き出そうとした。
 そこで悪人たちが、ほんの数歩先にまで近付いていたのに気付いた。彼らは一様に手を振り上げている。
「はごっ」
 頭の六辺を銃で思いきり殴られて、僕は意識を失った。
 一度意識を失うと、もう目覚めなかった。