先月くらいに書いた日記

 証明写真用のボックスに貼り付けられているサンプルの女性の顔が、少しおかしかった。
 具体的に言えば、サンプルを保護する薄っぺらなカバーがめり込んで、本来は意識しない程度にあるカバーの青色が、わずか一箇所だけ濃く出てしまっていた。その狭い範囲の青色が、サンプルの女性の目の位置と重なっていた。
 それでなんだか、サンプルの女性の顔に殴られ痕があるように見えた。
 正直、それほど面白い発見じゃないけど、まぁ、何かぼんやりした話題のときに使えるかなと思って、携帯電話で写真を撮った。
 写真にすると、さらにアレだった。
 自分が使っている携帯電話は古いので、撮影機能もディスプレイもいまいち能力が低い。さらに現場の悪条件として、ボックスの真上に階段があったため、光の量が不足していた。解決に必要なフラッシュ機能は、付いていない。
 そんな状況で撮られた写真を確認すると、被害者風だった女性は、ただのスーツ姿の女性として写っていた。傷の青色が確認できない。
 最低最悪だ。
 こんな写真、誰に見せることもできない。
 見せたところで、こんな微妙な傷跡のことなんて誰も察知してくれないだろう。場合によっては、この名前も知らない(おそらく公表もされていない)女性のファンなのかと勘違いされてしまうかもしれない。それで具体的に損があるわけではないけど、それは嫌だ。
 傷跡が写真にならなかった事情を説明すれば伝わるかもしれないが、そうまでして伝えたい面白さではない。説明して漏れるのは、長いため息くらいだろう。
 説明を信じてもらえず、狼少年として扱われるのならまだ良い。そっちの方が話になる。
 しかし、写真の事情はとても単純だ。一言二言さえちゃんとしていれば説明は成り立つ。そしてそれは、森にある牧場で標準サイズのリスが数匹見つかった、って程度の内容しかない。リス少年では、一時の主役にもなれない。
 説明が立つほど、リス少年は孤独だ。
 だってこんなの、見た目の一瞬で伝わらないと何の価値もない。コスト的に、そういうものなのだ。
 携帯電話は、写真を保存するのかどうかとユーザーに尋ねている。即座に「いいえ」を選択できなかったのは、自分が心のどこかでリス少年に希望を見出していたからだろうか。まぁ、結局二秒くらいで「いいえ」を選んだんだけど。