散髪と頭皮の話

 散髪に行くと、店員さんに「頭皮が荒れていますね」と言われた。続けて「全体に湿疹が広がっています」とも言われた。
 これまでの人生、一度もそんなこと宣告されなかったのに、どうして急にそんなことを宣告されてしまったのか。店員さんの意地悪であって欲しいが、順当に考えれば、やはり自分の頭皮がそんなことになってしまったからなのだろう。事実なのだ。
 痛みも痒みといった感じる症状はないけれど、気分がぐっと下がった。店員さんは「このまま放置していると〜」などと攻撃を続けてくる。気分は沈んでいく。
 原因は何だろうか。
 髪を切られながら思い浮かんだフシはといえば、前回の散髪で短く切られすぎてワックスだけでは髪が立たなくなったため、ムースも併用するようになったことくらいか。前回と今回の散髪の間に変わった髪の生活スタイルは、これくらいだ。
 考えてみれば、自分の髪質が硬いからと普段使っているワックスはスーパーハードで、ムースも同じようにスーパーハードだ。どちらも単体ですら肌に優しそうな感じがしないのに、あまりに自虐的。単なる二刀流ならまだしも、妙な化学変化が起きて頭皮を爆裂破壊しているとなれば、もはやそれは自虐的を超えている。過失のリストカッター。いや、頭で爆裂だからヘッドエクスプロージョンか。叫べば格好良さそうだな、ヘッドエクスプロージョン。
 で、実際どうなんだろうか。こういうことには一切詳しくないのだけど、ワックスとムースは共に相容れぬ存在なのか?
 仮にそうだとして、ファンタジー大作の物語とかだと、世界全体に恐ろしい脅威が迫ってきて敵対国同士が協力を結ぶって展開がよくあるんだけど、ワックスとムースもそうなる可能性はないのだろうか。そうなれば、安心してワックスとムースを併用することができるんだけど…。
 …ただ考えを進めてみれば、髪に関係する世界的な脅威とは何なのだろう。そのような脅威が存在するのだとすれば、それは整髪料業界の中でのみ完結するのではなく、髪という世界を覆う元素的なマナが枯渇して生まれる大規模災害であり、すなわち大規模ハゲなのではないか。そうなってしまえば、誰もワックスやムースを使わなくなるわけだし。
 しかし、そんな状況でワックスインムースなり、ムースインワックスを開発しても確実に手遅れだ。死んだあいつは帰ってこない。死んだあいつのあいつも帰ってこない。くそ、くそ、くそ、くそっ。
 僕は散髪屋の椅子を立ち上がると、涙でゆがんだ視界で満月を見据え「あいつを帰せ」と叫んだ。徐々に崩れていく僕の背中を、店員さんがポンと叩く。そして彼は「火星に何か手がかりがあるかもしれない」と伝えると、横腹に刺さったハサミを引き抜いて、苦しげに、しかし強い意思のある目をして空へと飛び立っていった。


 …
 略、しばらくワックスとムースの併用を中止し、今度皮膚科にでも行ってみようかと思います。面倒じゃなかったらまた報告します。