[] キョレーム

 うちの祖父はクリームのことをキョレームと言う。生クリームだと生キョレームだ。
 なぜそんな呼び方をするのか。尋ねてみると、戦争のあった当時、外国語を極力使うべきではないという決まりがあり、今、祖父がクリームをキョレームと言うのはそのときついた癖が抜けていないからだという。
 そうなんだ、と僕は一旦答えを受け入れる。
 だが、何かしっくりこない。
 確かにクリームは外国語で、当時の日本からすると忌むべき言葉だったのかもしれないが、しかし、キョレームだって発音の感じは外国語っぽい。
 いや、むしろクリームは、三文字目までで止めれば栗井という日本人の苗字を連想できる。だが、キョレームは、文字にして三文字目、音にして二音目のキョレの時点で日本語として成立するわけがないと当たり前のように思えてしまう。改善のつもりがとんだ改悪ではないか。
 このことを祖父に伝えると、栗井の名前が出たあたりで腕が震えだし、説明を続けているうちに「お前に栗井さんの何がわかる!」と僕の両肩を突き飛ばして、どこかに走っていってしまった。
 呆然と祖父のうしろ姿を眺めた僕は、なんとなく本当の答えがわかった気がした。
 生クリームは生キョレーム。
 しかし、そんな呼び名の変化は多くの老人と触れ合いながらも祖父以外からは聞いたことがないし、クリームソーダのことはキョレームソーダとしか言わないのだ、祖父は。